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『THE FIRST HOPE』Madoka Utsutsunaka起動
−孤独の中の神の祝福―
團はゆっくりと瞼を開く、そしてどこか別のところで計算される
〜行動可能電圧レベル正常〜
彼、現中 團はロボットである。それも史上初、人の精神を土台として造られた完全擬人ロボットである。即ち、ココロを持ったロボットだ。
彼は、人類に大きな変化をもたらす先駆けとして、
『THE FIRST HOPE(一番目の希望)』
と銘打たれた、いわば特別な存在だった。彼自身もその事を認識している。
何故なら、製造実験の間ずっと誰かがその事について語りかけていたから。
『お前は、希望だ。人類の。我々の。』
『マドカ、私たちの愛すべき息子。』
『伏見博士は、いや、我々は君を我が子のように思うよ。』
そして昨日の声『完成したぞ、マドカ。明日は起動実験だ。ようやくお前に会える。』
その言葉を思い出し、ぼんやりと認識する。
(起動実験は成功したんだ。僕がこうして起きてるんだから。あの人は何処だろう。)
会わなきゃ・・。と彼は体を起こす。
ぼんやりとしていた視界がはっきりする。しかしフシミハカセという人物は見当たらず、ここは大きい木々たちが辺りを覆っていた。地面はじんわりと湿っており、草がはえていた。
「これは・・・、モリ。」
團は、自分がもたれ掛かっていた物を見る。それは、この辺では一番大きく見える木だった。
辺りを見回しても誰も居ない。どうして?
「おーい!起きたか?ポンコツ。なぁ!お前はロボットのウツツナカ マドカだよな?」
彼がもたれ掛かっていた木の上から声が聞こえる。男のようだ。
「うん。誰?ここは何処?僕は、どうしてここにいるの?起動実験は?」
團は木の上の男と、研究室に居るはずの自分に問い掛ける。
自分は希望だ。こんな所で一人きりで居ていいはずが無い。
早く帰らなくちゃ、と。
よっ、と木の上の男は地面へ降りた。
「そんな一気に捲くし立てるなよ、深呼吸しろ。俺はタロー。ここは森。」
とりあえず言われた通りに深呼吸をする。タローという男は先を続けた。
「起動実験は60年前に中止した。ここに置かれていたお前を俺が適当にいじっていたら起動してしまったから、お前はいまここに居る。質問は?」
團の動きがぴたりと止まる。
「中止?60年前?」
タローは、何とも無く答えた。
「そうさ。正しくは62年。」
そして團を、指差していった。
「自分のナリを見てみろよ。相当キテルぜ。なんせ、62年間もここに置かれてたらしいからな。」
團は自分の格好をまじまじと見た。
まるで、手術室から抜け出したような身なりで、体のあちこちに泥がつき、苔むして、右
足には蔦が絡んでいた。
まるで、60年もの月日を経たような・・・。
「嘘だ。」
僕が捨てられるわけが無い。
「嘘じゃないさ。62年前の5月19日お前は、起動実験を目前にして製作を中止されたんだ。」
タローは興味無さげに言葉を並べる。
「嘘だ。僕は希望だ。人類の希望なんだ!ありえない。」
希望。それが自分の価値だ。それは変わる事など無いと思っていた。
タローの次の一言を聞くまでは。彼は、興味無さげに言った。
「それは、お前の希望だろ?人類のじゃなく。
自分の存在理由をそれと、思いたがってんだよね。お前。幻みたいなのにすがってさ。」
切るような痛みを伴ってその言葉は彼に届いた。
「それでも、嘘だってんなら。証拠を見せてやるよ。
62年前に連れて行ってやる。」
タローの発言に團は、いぶかしげな視線を向けた。
「出来る訳無い。科学ではワープさえも無理だって照明されてる。」
タイムトリップなんてありえない。が、タローはしれっと言い放った。
「できるんだな、それが。俺は天使だから。」
それこそありえない。と團は思った。
「天使は空想の生物だ。それに、お前には翼も無い。」
収納式なんだ。とタローが言うと背中に純白の大きな翼が現れた。
「空だって飛べるぜ。」
「無理だ。人間が空を飛ぶには少なくとも2メートルの胸筋が必要だ。」
頭の中に入れられていた。あらゆる知識を動員して團は反発する。
「2メートルって、無茶苦茶だな。人間じゃ無くて、天使だから大丈夫なんだ!
なぁ、お前。さっきから、無理だ、無理だ、って煩い。
世の中目に映るもの信じてる方が特だと思うぜ?それで、結局行くのか?行かんのか?
62年前。」
天使は、困ったような、怒ったような顔で言う。
團は、答えた。
「行く。」
よしっ!とタローは翼を広げた。
* * *
気がつけば、彼らは研究室らしきところにいて、何らかの機材の影に居た。
「ここは?」
タローに尋ねると、タローは人差し指を立て静かに、という仕草をした。
「お前を作ってる研究室だ。ほら、あそこ見てみろ。」
タローが指差した先には、大きなスケルトンケースがあり、中には羊膜液を模したと思わ
れる液体と、
「僕・・・。」
團自身が入っていた。
「そして、あれがお前の製作責任者の伏見 信夫博士だ。」
フシミシノブは初老の穏やかそうな博士だった。
『もうすぐなんだ、マドカ。もうすぐお前に会える。』
愛しげにケースに触れる。
「あの人が・・・。」
僕を作った人・・。
「でも、どうしてあんなところに捨てたの?」
タローはまた人差し指を立てる。
「捨てたんじゃない。見てろ、黙って。」
一人の研究員が息せき切って駆け込んできた。
『博士!大変です!』
手には一つの手紙を握っていた。
『どうした。神野君。』
手紙を受け取り、読み始める。左から右へ、目を走らせるごとに伏見博士の顔色が変わる。
そして、読み終わると声を張り上げた。
『皆!ちょっと来てくれ。』
十数人の作業員が、手を止め只ならぬ様子に集まり固唾を飲んで博士を見つめた。
博士もまた、重々しげに切り出した。
『政府からの連絡が来た。
團の完成を聞いたいくつもの宗教団体から講義が来たらしい。
それで、近日中に團を・・。処分しろ、との事だ。決定事項、らしい。』
大勢が息を呑む。そして何人もが声を上げる。
『製作開始する時は何にも言わなかったじゃないか。』
一人が言うとまた一人が、
『どうせ出来やしないと思ってたんだ。』
『團は渡さない!絶対にだ!』
そうだ!とあちこちで声があがる。伏見博士も口を開いた。
『もちろん、團は我々の息子だ。政府になど渡しはしない。
それでだ、君たちにはこれからやる事について一切口をつぐんで貰う。』
『博士。何をするつもりですか?』
神野が聞き返す。
『衝撃実験用のテストボディと團を入れ替える。そして、本物を隠す。』
しかしと、周囲から声が上がる。
『博士。でもあのボディは、部品などは同じものを使用してますが一切プログラムをしてないんですよ?政府だって、素人ではないんですから。』
神野の発言に伏見博士は頷きそして憮然とした面持ちで答える。
『政府が来るのは5日後だ。それまでに難とか本物に近づける。』
伏見博士は、研究員達の顔を見渡し、異論は無いかね?と問うた。
『もちろんです。』
皆、人妙な面持ちでそれに答える。
博士は無言で頷き、号令をかけた。
『A班、テストボディを用意しろ!B班は團のプログラミングをコピー。C班は完了時間の計測を頼む。』
その掛け声とともに、研究室の中は忙しげな喧騒に包まれた。
A班チーフが叫ぶ。
『テストボディ用意できました!データベースの調整に入ります。』
B班もエンターキーを押した。
『プログラミングコピー開始しました。』
C班も、その声を受けて計算に入った。
『計測結果。コピー完了は4日後です。』
『3日でやってくれ。』
『了解しました。』
「お前、思われてんな。」
タローがぽつりと言った。
3日後、研究員達の必死の作業により團のデータコピーは終了し、團は伏見博士と神野で
昏雨山(コンザメザン)の樹海へと隠されるようになった。
『では、行ってくる。作業のほうと頼むよ。』
神野を伴って、伏見博士は簡素な服に身を包んだ團を抱え出発した。
團もタローに抱えられ飛んで後を追った。
「こんなのが飛んでて誰も気がつかないの?」
團が聞くとタローは笑っていった。
「誰も、空なんて見ちゃいないさ。」
昏雨山ふもとについてからは旅行客を装い、團を大きめのキャリーケースへ入れて移動し
た。
そして、二人は何気なさを装い遊歩道を外れコンパスを頼りに樹海の深くまで来た。
『この辺りで良いだろう。』
二人は布製の袋に團を入れ変え、浅く穴を掘って彼を埋めた。
『すぐに迎えに来るからね。』
神野がそっと土の山に触れて言った。
そして、伏見博士もそっと撫でるように土の山に触れた。
『團。人類はお前を望まなかった。希望にはならなかった。
でも、我々はお前を心から大切に思う。お前は我々の希望だ。
そして、お前に会える日を、お前とともに過ごせる時を、誰よりも心待ちにしているよ。』
そして、二人は去っていった。
* * *
次の時には、もう元の、62年後の森に二人は立っていた。
「と、これが、ここに至るまでの顛末だ。」
タローは言った。團はタローを見る、じっと。
「まだだよ。博士は僕を迎えに来てない。
あの後、彼らに何が起こったの?」
何事も無く終わったなら、博士達は團を迎えに来ているはずだ。
タローは答えた
「政府は思惑通りに、偽のボディを処分したさ。
でも、思惑違いがあったんだ。彼らは、生涯監視されて生活したんだよ。隠れて研究を続けないように。だから、迎えに来られなかったんだ」
そして、土は吹き飛び、袋は消え去るまでの年月が過ぎた。
「僕は・・・、そんなに忌まれるべきものだったの?
希望じゃなかったの?どうして?」
多くの人が言った、僕を消せ、と。
「多くの人間はな、多くのものを恐ろしく思うんだ。変化や非凡なものを。」
じゃあ、
「じゃあ、僕はどうしたらいいの?希望でもない、望まれても無い、どうしたらいいの?」
体がバラバラになりそうなこの気持ち。これはどうしたらいいの?
「人間だってな、そんな多くの人たちに望まれて生まれるわけじゃない。
大抵の人が、多くの中に埋もれて生活するんだ。それでも、ほんの少しでも自分を、望んでくれた人がいれば人間は生きていける。幸せになれるんだ。お前だってそうさ。」
天使は笑って言った。
「そう・・・、かな?」
信じてみたい、そう思わせる微笑だった。
「そう、だ。思い出してみろ。お前が生まれてくるのをどれだけの人が待ったと思う?
博士の言葉を聞かなかったわけじゃないだろ?彼らの希望であり、望みなんだよ。」
『お前を心から大切に思う。お前は我々の希望だ。』
頭の中で、博士の言葉が木霊する。
それでも。
「それでも、彼らはもう居ない。それなら、望む者の居ない。望む物もない僕は、
どうすればいいの?」
あれから、60年。もう誰も居ないだろう、自分を望んだ人たちは。
「それなら、俺と来るか?」
え?と團はタローを見つめた。
「俺と来いよ。希望なんて、ゆっくり探せばいいんだ。
あの人たちは、お前に生きることを望んだ。まずはそれからでいいんじゃないか?」
その言葉に、
僕は、ゆっくり頷いていた。
To be continue.
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