MabORosHI -幻-
山の上にある古びた山荘。
そこには、西洋の森のウィッチが入り込んだ男をかどわかし永遠に
死後魂のみになったとしても
傍に置くように、来た男を虜にする幽霊が居るらしい。
それは・・・・、ひどく美しいと聞く。
ミンミンと蝉が鳴いている、いや叫んでいるといった方が良いのだろうか・・・、
兎に角、奴等は煩い。夏の暑さと戦う人類に更なる追い討ちをかける。
「まったく、耳までおかしくなったらどうするんだ。・・・、また、大丈夫なのに。」
伝わらないぼやきを受けて蝉が一層、声を上げたように思えた。
僕は夏の暑さと戦えない。身体が温度を感知しないのだ。すなわち蝉と一騎打ち。
僕の今年の夏は、身体から流れる汗を目で確かめ、暑さで荒ぐ息を耳で感じるだけ。
まるでまともじゃない。
どうやら僕は病気らしい。慢性的な痛みや苦しみも無い。けれど生きていくのに必要なものが段々と減っていく、そんな病気だった。
最初は、味覚だった。ある日、急に味を感じなくなって病院へ行った。
医者には、ストレス性味覚脱失と言われ治療を受けていた。
それでも、味覚は一向に回復せず。次は嗅覚、その次は痛覚。
コンタクトレンズの度数は月に一度変えている。
つい、最近まで病院にいた。いろいろな医者の検査を受け、血を採取され、研究されるためだ。
だけど、いつも、誰も、彼も、首をひねるばかり。埒があかなかった。
親もうんざりしている様で、見舞いにはこなくなった。
大学も辞め、病院で日長一日だらりと暮らす生活に飽き飽きしていた僕は退院した。
病院側も僕はお荷物だったようで、自宅治療をしながら余生を満喫という名目ですんなり退院できた。
なので僕は、余生を幽霊とでも過ごそうかと噂を頼りにここまで来た訳だ。
死後見学もかねて。まぁ、現世のやつ等との交遊もただえて久しいし。死ぬなら、何したって一緒だよ。
不意に、ひょうと風が吹いた。蝉が静まり返る。まるで、この山の主人の訪れに緊張しているようだ。
僕は、風の吹いてくるほうへと歩みを進めた。
木を何本か横切ると、大きくて古びた鉄柵の門にあたった。
生い茂った木々や葉で、すぐ近くにくるまで、この門には気付かなかった。
柵の部分を握ると少しさびがついた。
ギィ
門を開いたときの音は、門の大きさと同様大きかった。
門の内側はまるで別世界といって良いほど手入れの行き届いた庭園だった。
黄、赤、ピンク、青、水色、オレンジ、
折々の花が咲き誇り、折々の気が実をつけていた。いつの間にやら再開していた蝉の声が遠く聞こえた。
「お客さん?
」
しゃらんと、空気に染み入るような声が鳴った。
庭に気を取られているうちに、僕の前方には一人の少女が立っていた。
否、少女と言うにはあまりにも大人びている。
けれど、女と言うにはあまりにも無垢だった。
「君は、幽霊?」
口をついて出た言葉に彼女は微笑んだ。
「どうして?」
そういう彼女の表情は、言葉のままだが、まさに幽玄の美だった。
「あなたの美しさは現のものとは思えませんから。それに、貴方が幽霊じゃなかったら
僕がここまで来たのも無駄になってしまいます。朝の六時起きで来たんですよ?」
我ながらキザというか何というかだ。だけど、なんとなく古風な雰囲気を纏った彼女には言っても平気なような気がした。
そう、と呟いた彼女は僕の深くを見るような眼差しを向けた。
「どうして幽霊に会いたいの?」
夏の太陽の光で透ける様に見える彼女の姿は幽霊よりも、妖精か何かのようだった。
「僕は病気です。近々死ぬようで、それなら現に友を作るより、
貴方とともにする方が良いです。死後もそばに置いてくれるんでしょう?」
彼女は微笑を笑みに変えて言った。
「あなたはまるで、見た事も無いようなものに懸想していたのね。
私が存在しなかったり、ましてや醜かったらどうするつもりだったの?呆れた人ね。」
思わず笑い返してしまうような、人懐っこい笑みだった。
「まったく・・・。どうでしょう?こんな僕ですが、お相手に。」
彼女は、ついには破顔してクスリともらした。
「いいわ。自分から来た人なんて初めて。」
「感謝します。僕は向田 晴樹。よろしく。」
「カナよ。」
彼女は小さく返した。
彼女は自分の事をカナと言った。
生前の記憶がおぼろげではっきりとはわからないらしいが、そんな気がするという。
僕がこの洋館で住みだしたとき、彼女はニ階の奥の部屋に入るなと言った。
お決まりの事ではあるが、僕は『三枚のお札』の小坊主でも、『青ひげ』の奥さんでもないので入ろうとは思わなかった。
一日中、テラスで椅子に座って本を読んだり、彼女を眺めているだけでよかった。
彼女はいつも庭の草木の手入れをしていた。
それだけの生活は病院のベットの上とさしあたった変わりは無いが、彼女を眺めているとなぜだか退屈はしなかった。
カナの周りにはいつも鳥や蝶が、浮遊したり、羽を休めたりしていた。
(やっぱり、森のウィッチのように魅了してしまうのだろうか・・・。)
そして、僕も魅了されているのかな?と思いながら、パラパラと自然を写した写真集をめくりながら彼女を眺め
た。
すると、彼女がテラスへと近づいて来て屋敷の中へ入っていこうとした。
手を胸の高さでおわん方にそっと掲げて、何かを運んでいくようだった。
「カナさん?」
声をかけると彼女は立ち止まって微笑んだ。
少し、悲しげだった。
「晴樹・・・。この子。」
手の中を覗けば、綺麗な黒アゲハが横たわっていた。
「死んだんですか?」
カナは静かに頷くと、蝶の羽を優しくなでた。
「鳥にやられたんですか?」
いいえ、と彼女はまた小さく返した。
鳥が一羽飛んできて蝶の上に小さな花を落として行った。
「ずっと、私の傍に居てくれたんだけれど、疲れちゃったのね。」
僕は思い出した、この黒アゲハは僕が彼女に出会ったときから、ずっと彼女の一番近くを、美しく、気高く
大きな羽を広げて飛んでいた蝶だという事を。
「その蝶、どうするんですか?」
彼女はまた、微笑んだ。
「二階へ行くの。」
二階は奥の部屋以外使ってない。
「あの部屋、ですか?」
そうよ、と彼女は言う。そして、言った。
「晴樹も来る?」
僕も言った。
「・・・はい。」
そういって僕は、椅子とついになっているテーブルに本を置いた。
「どういう、心境の変化ですか?」
階段を上っている時、僕は彼女に質問した。
「何が?」
彼女は先に立って歩きながら、答えた。いつもと変わらない声音に表情が分らない。
「だって、あの部屋は入ってはいけないんでしょう?何か、企んでるんですか?」
「別に、晴樹は珍しい子だからあの子たちを見てもまだ、ここにいるかな?って思っただけ。」
この人は、僕を子ども扱いする。その子供っぽい外見で言うその感じを僕はいとおしいと思う。
だから、多分僕は『あの子達』を見ても、まだまだ、ここに居るんだろうと思った。
二階、奥の部屋。
「あけて。」
彼女はドアを見つめて言った。手のひらの蝶は羽を開いたままイタ。
僕は恐る恐るドアノブに触れ手前に引いた。
ドアを境に向うは真っ暗だった。夜でも、闇でもない。
凝視しようとするほどぼやけて、漠然と黒を湛えていた。
「晴樹・・。行くよ。」
彼女はすっと闇に消えた。
僕も慌てて追いかける。
部屋
なんだろうか
に入った瞬間、風が僕を襲った。
緩く、強く、嫌がらせじみた強さで僕に後退を促す。
細く目を開けると、カナの姿が見えた。彼女の姿だけが見えた。
風は彼女を包むように吹き優しく梳くように髪をなびかせていた。
これが、『あの子たち』なのだと理解した。
彼女を愛してやまない者達がここに居る。彼女はゆっくりと、両手を高く上げた。大きな蝶は眠りから覚めるようにゆっくりと浮上し、闇に消えた。
彼女は振り向きこっちへ近づいてきた。風はやはり道を空けるように避け彼女の髪をちょっと梳いた。
「晴樹。出ようか。」
「・・・・はい。」
僕等はそのままその部屋を後にした。
「晴樹。帰らないの?」
「はい。」
「本当に?」
「はい。」
「そう。」
そのまま、数日が流れ。蝉の鳴き声が大きくなった事で夏も本番になった事が分った。
どの道、僕にも彼女にも関係のないことだけど。
「晴樹・・。」
ぼぉっと空を見上げていると声をかけられて。首を起こして彼女を見ると手を差し出していた。
その中には小さな野イチゴが1つ。そう思った。
「向うに綯ってたわ。」
食べろという事なのだろうか。彼女は差し出したまま僕を見ていた。
「カナさんがどうぞ。僕にはもったいないですよ。」
どうして?と彼女は小首をかしげた。
「味覚が無いんです。それに・・・」
そして、僕は初めて彼女に病気の事を話した。かなり長くの間一緒にいたのにおかしな話だ。
白状すると、そのとき僕の目はコンタクトを入れていてもほとんど見えない状態だった。まぁ、その事は彼女に話さなかったけど。
だから、話終わった時の彼女の表情は分らなかった。
やっぱり、彼女はいつもどおり、そう、と呟くだけだったから。
「残念だわ。このイチゴはとっても甘くて美味しいのに。」
彼女が、野イチゴを口に運ぶのがボンヤリと見えた。
「そうなんですか。残念ですね。」
うそ。と彼女は言った。
「そんな気がするだけよ。」
そして、彼女は小さく息をついた。
「自分の事も、なにもかも、そんな気がするだけ。このイチゴもそうよ。だから、あなたに確かめてもらおう と思ったのに。」
彼女がやけに感情的で、そういえば、人間はこんなものだったなと思った。
そういえば、昔家族でイチゴ狩りに行ったっけ・・。
♪〜♪〜♪〜♪〜
不意に聞き慣れたメロディーが聞こえた。慌てて音源を探すと自分のジーンズのポケットからだった。
「あ・・・、ケータイ?」
ずっと、持っていたはずなのに存在を忘れていた。鳴り続ける嘗て人気をさらった歌。
僕は、受話ボタンを押す事が出来ず片手にケータイを持ったきり立ち尽くしていた。
しばらくすると、メロディーがなりやみ蝉の声が聞こえた。
ぼくはやっとケータイを開き着信履歴を確かめた。母だった。
着信日時はおよそ一ヶ月前。
「なんで?」
あなたが!!
誰の声かと、戸惑った。感情的な声。
「あなたが!帰りたいと思ったんだわ!!だから、ソレが!また外と繋がったのよ。
私には何も無いのに!全てが曖昧なのよ!あなたの目のように。」
「どうして・・・、それを?」
「あなた最近よく躓くわ。」
泣いているのかと思う声だったが彼女の表情は量れなかった。ただ、僕はケータイを遠くに投げ捨てた。
そして、彼女を抱き寄せた。
「大丈夫。何処へも行きやしませんよ。」
彼女の顔に触れた。これだけ近距離でも彼女の表情は分らなかったけど。触った感じでは、無表情のように思われた。
「私、どんな顔してる?」
「笑ってくれると嬉しいです。」
それからも、ただ日々は続いた。
なにも生み出さず。無くしていくだけの。そんな日々は。
もう、僕の目は見えないし、たまに眉間に激痛が走る。
それでも、カナは一緒にいたし、別に不満は無かった。
もう、家族の事を懐かしいとも思わなかったし、カナを唯いとおしいと思った。
「晴樹、もう日が落ちるわ。中に入りましょう。身体に障るわ。」
「死のうと死ぬまいとおなじでしょう?」
「そうね。」
カナは僕の手を引いてテラスから部屋へと招きいれた。
僕は一階の左の部屋を使っていて、夜はカナがずっと側に居るのを感じていた。
今日もまたそれを繰り返す。
不意に眉間に激痛が走った。
いつものとまったく違う。涙が出るほどだった。
僕はカナの手を取ったまましゃがみ込んだ。
「かふっ!はっ・・・・ごほ!・・・」
咳き込み身体中から汗が滲み出てくるのが分った。
苦しい、
これが死・・・。
一瞬、冷たい表情で僕を見下ろすカナが見えた気がした。
気がつくと、僕はテラスの椅子に座って居た。空は青かった。
「暑い。」
蒸すような暑さと、体を流れる汗に不快感を覚えた。
「あつい?」
今は夏だから、そうだ。蝉も煩い。
だけど。
首を起こした、僕の目にはテーブルの上の小さな野イチゴが眼に入った。
僕はそれをもってテラスから中に入った。
ギシギシと軋む階段を上がって二階の奥の部屋。についた。
やはり、ゆっくりとドアノブに触れた。扉を引くと、そこは家具も何もない、ただ、大きな窓のある部屋だった。
床の上に、ポツリとぼろぼろになってほこりを被った。蝶が一匹翼を開いたままイタ。
僕は、それを確認すると僕はまた外に出た。
庭にはオオバコやその他の雑草が繁っていた。
木は枝が伸びきってお化けのような形になっていた。
僕は、庭の奥に自分のケータイを見つけた。
拾って日付を確認すると、以前ケータイをポケットから出したのと同じ日だった。
時間からするともうすぐ・・・。
♪〜♪〜♪〜♪〜
やっぱり鳴った。僕は受話ボタンを押して耳元に持っていった。
「もしもし?」
『もしもし?晴樹。あんた何やってんの?一週間も病院に行ってないって言うじゃない!?
今何処よ?』
「今、ちょっと山登ってたところ。」
『はぁ!?何やってんのよ!?本当に、心配するんだから止めなさいよね。
勝手に退院してるし、心配したんだからね。』
「わかった、今から帰るから。」
『早く帰ってきなさい。病院に連れてくからね。』
「はいはい。それと母さん。」
『何よ。』
「病気治ったみたいなんだけど?」
『・・・うそ!』
「ほんと。目もちゃんと見えるし、臭いも分るし、暑いし、多分味もわかると思う。」
『ほんとに!?・・・よかったぁ・・・。』
「じゃあ、今から帰るから」
『うん・・・。気をつけてね。』
母さん泣いてたな。
電話を切った後、僕はコンタクトをしていない事に気がついた。
そして、ゆっくりと野イチゴを口に運んだ。
やっぱり、味もわかる。
けど、野イチゴは驚くほど酸っぱかった。
そして、もう、少しもカナを愛しいをは思えなかった。
あとがき
はい!初の幽霊もの(もしくは恋愛もの?なのか?)
なんか、ごたごたですね。
カナは錯覚の中、恋愛ごっこをしていました。晴樹という人形を相手に。
中学生の恋愛を表す言葉として『恋に恋する』などを使われますが、カナのコレもそうですね。
相手の本心をお構いなしで一方通行このうえないです。
そうすることで自分の存在を保つ、あるいは、自分の存在に意味をもたせたかったんですね。
結局最後には、『幻』に終わるんです。
タイトルの『幻』ですが、コレはカナ事態ではなく晴樹の心です。
まったくどうしてこんな地味で報われない話を書いたんだか(それは、更新しないとまずいから)
ついでに念の為ですが、あんな病気存在しません(おそらくは)
私が想像で捏造したもの、ですのでそこの所はよろしくお願いします。
幻想的なフリー素材 Fairy Tail←ラインをお借りしましたvv