ただ指にタコが出来るまでコントローラーを握っているだけでよかった。
Level.1のボム兵をモビルロボットで踏み潰す。
現実は3DCGでぼかす。
自分の世界に入り込む。
それでいいと思ってた。
Olive another
「中尉、お食事をお持ちしました。」
モニターの横に置かれた盆の上にスープとパンを見る。
「何?これ僕ソヒジョイが良いって言ったよ。使えないな。」
「…すみません。」
男が歯がみするのを横目で感じる。
まあ、いい。
こんなボム兵、すぐに居なくなる。
「それにモニターの横に置かないでよ、壊れたらどうするのさ。
今、いーとこなんだから。」
「…すみません。」
そのうち殺されるかな?
こいつがボム兵でよかった。
「早くこれ下げて、ソヒジョイ持ってきて。」
「はい。」
僕は画面に意識を集中させる。
コントローラーでモビルを動かすさながらガソダムみたいなモビルロボット。これでボム兵を撃破するのが僕、セキレイ・コズミ中尉に与えられた役割。
今、アザモス共和国は西南国軍と戦争関係にある。
僕は新兵器YZ-74通称モビルの操作員として徴兵された。IQとか生活状況――引きこもり度ね――なんかから評価して僕が最適だったらしい。
元々、僕は上流階級の出身だ。上流の世界では軍資金を援助することで徴兵を免れ、地下シェルターで社交をして暮らすのが一般的だった。
勿論、コズミ家も例に洩れずそうだった。まぁ、僕はただの引きこもりだったけど。
しかし、ある日突然徴兵にあった。
親も金を積んだけど、基本的に軍資金を積む事より徴兵することの方が合法なんだから仕方ない。
それが15歳の未成年者を二等兵でも無く中尉として徴兵した事実の全容だ。
それから半年近く、僕はモビルの操作をしている。
こんなものただのゲームだ。
ロボットでLevel.1のボム兵とLevel.15のゲバルトを踏み潰すそれだけだ。
実際ソリティアよりも簡単だ。たまにモビルアーマーLevel.25なんかが来る、そういう時はちょっと上がる。
人を殺しているという感覚は無い。モニター画面の映像は若干デフォルメされているし、上手いこと●ってぼかされている。
これならどこまでも残虐になれる。残虐な事をしているという自覚も無いまま。
そこまで思考が及ぶのに、現実感という一線を超えて僕の意識まで響いては来ない。
「ん?」
画面に散ったボム兵の中に変わった物を見る。
「女?」
サバル人特有の黄色の肌に青みがかったブルネット。剣銃を持って、長い髪を振り乱し走る。
僕は思わずその女に向かっていた。
土煙にモビルが被われる。
「地雷か…。」
あの女が仕掛けたのだろう。
煙が晴れて画面がクリアになる。辺りを見回すと爆風に巻き込まれたのか女は倒れていた。
ズームをしてスキャンにかける。どうやら死んではいない、外傷もかすり傷程度だ。
僕は、モビルのバッテリー横、ボイラーの冷却システムを開き、中に女を入れた。
そのまま終着までモビルを操作し、離脱した。
+++++
僕は今まで執務室――まあゲーム部屋だけど――から引きこもりよろしく、トイレ以外の用事で出たことはなかった。
入軍当時、基地の中の大体の説明だけは受けたけど。知識でしかない。
その知識を頼りに人目を気にしつつ、機動庫に向かう。
足場を上がってモビルのボイラー冷却システムの蓋を開けようとする。ハンドルを回そうとするもゲームしかしてない僕には難しかった。
悪戦苦闘して開ける。
ブルネットの女がいた。予想より背が高い、160強か。小柄な方の僕とは3センチくらいしか変わらない。
女を担ぐ、重い。体力不足だ。
奇跡的にも人目に付かず執務室まで運べた。奥の寝室に運び、ソファに寝かせる。
サバル人にめずらしい、はっきりとした顔立ち、アザモスの規格ではかなりの美人に分類されるだろう。
ただ、臭い。土と血特有の鉄分の臭い、あと腐臭がした。
これが戦争の臭いか。
「まぁ、実感なんてないけど。」
それからまた、モニターに向かって、コントローラーを握る。
+++++
「中尉、お食事をお持ちしました。」
ボム兵が盆にソヒジョイ5本を乗せて持ってくる。
「ちょっと、おじさん?パンとスープも持ってきてよ。
足りないよこんなんじゃ。」
「…すみません。」
ボム兵からの殺意がやばいくらい伝わる。
「お持ちしました。」
「ありがとう、もう良いよ。」
もうそろそろあいつ、出兵しないかな?
それから1時間程、僕はソヒジョイを食べながらモビルを操作していた。
よくよくボム兵を見ていると女も何人かいる。
武器を持って駆けずり回っている。
「あ。」
そのうちの一人が自爆をした。
「!!」
なにかが空を切るのを感じて咄嗟に身をよじる。
あの女だった。
振り下ろしたのは軍靴だった鉛を仕込んだ靴は重い音を起ててコントローラーを弾き飛ばした。
靴を脱いでたなら足音はしないはずだ。
今度は外さないように蹴りを見舞ってくる。
「あぁぁ!ちょっと待った!待って!おねがい!」
「ここはどこ?」
ひとまずは足を戻してくれた。まぁ、詰め寄られたままだけど。
キャスター付きの椅子に座っている僕は、どうにも動きがとれない。
「アザモス軍基地だ。君は捕虜だよ。僕の采配で生かしてあげてるんだ。
逃げようなんて考えるな。他の奴らに見つかれば殺されるぞ。」
震えながら言っても威圧感もなにもない。
相手の武器が靴だけなのが幸いだ、武器を取り上げててよかった。「何故?お前は何者だ?」
「僕はセキレイ・コズミ中尉。捕虜にしたのは僕の独断だ。
だから、ここにいれば生きられる。」
誰だって命は惜しいはずだ。
「お断りだ。早く帰してくれ!でないと、お前を殺す。」
女は軍靴を振り上げた。いくら靴とはいえ全力で殴られれば危ない。
「なんでさ。死にに行くようなもんだろ?」
「ここにいるのは死ぬよりもつらい。」
女は靴を下ろした。
「なんで…。」
「友達がいる、今ここで逃げたら後であいつらと対等に笑えなくなる。」
「理解が出来ない。」
僕を憐れむように笑う。
「そりゃ、こんなところにずっと一人でいられるならね。」
不思議な翠の眼が意志を持って見つめる。
間が苦しい。
もう、堪えられないと思った時、ノックが聞こえた。
「中尉!出動です。よろしいでしょうか?」
女にジェスチャーで、寝室に行け!と合図する。
女が入ったのを見計らってロックを解除した。
「今度はイゼンの辺りです。もう飛ばしてあります。」
イゼン。サバル近郊のシューエ国の都市だ。
「了解。すぐにやるよ。」
+++++
モビルを飛ばして戦地におりる。
「何をやってる?」
気付けば女がモニターを覗いていた。
「戦争。」
女がこっちを見る。
「……お前が、あのロボットのパイロット?」
「パイロットじゃないよ。動かしてるだけ。」
「人をこんなに簡単に殺してるのか?」
「あー、このボム兵を倒さなきゃ僕が殺されそうだ。要らないからな。」
事実だけど本心じゃない。
「ボム兵?ゲーム感覚でやってるっていうのか?」
「そうだよ。だって知り合いでもない。情も無い。こんなモニターの中で勝手に死んでいく。こんなのボム兵以外の何者でも無いよ。」
「あんまり人を蔑ろにするな。」なんだかムキになった。
「なんだよ、…」
「ちょっと!」
女がモニターを食い入るように見る。
「ベンジャミン…。」
ボム兵の一つを見つめる。
「こんな小さく映されてるのに分かるのか?」
「わかるさ。早く行かなきゃ!私を帰せ!」
胸倉を掴まれる。
「…無理だ、モビルが出てる。」
「ベンには手を出すな。」
解放されて、もう一回コントローラーを握る。
「分かったよ。でも、他のやつにやられるかもね。」
「……………」
女が拳をにぎりしめる。今にも泣き出しそうな目だ。
しばらく、二人とも無言だった。たまにボム兵が死んだとき、女が息を呑んだ。
ふ、と足元を映すと、
「ベンジャミン!」
がモビルに向かって攻撃を仕掛けていた。
「危ない!」
こっちに撃ったバズーカの弾辺がベンジャミンの頭に当たった。否、刺さった。
「っ!!」
女が小さく悲鳴をあげた。
顔を見ると蒼白で、眼が充血していた。
●い(マルイ)ぼかしが初めて眼に痛いと思った。
出動は終わった。
女は泣いた。
しばらく泣いたけどもう泣かなかった。
「もう泣かないの?」
女は腫れた眼を向ける。
「もう、泣くわけにはいかない。ベンジャミンは戦ったから。」
それから眉間にシワを寄せた。
「でも、私が戦わずに生きているのが死ぬよりつらい。」
少し洗脳的だと思ったけど、その精悍な貌に引き付けられた。
全力で自分の生命を誇っているようなその貌に。
いつからそんな風に笑ったり泣いたりしてないだろうか?
ただ流されるままに生きてきただけだった。
「どうすればそんな風になれるんだ?」
羨望にも似た眼差しに女は微笑んで答えた。
「簡単だ、戦えば良い。」
「敵と?」
「自分と。」
「どうやって?」
「ひとまずはここを出ればいいんじゃないのか?ここは最悪だ。」
「僕もそう思う。」
「私と来てみるか?」
頷いたのは、間違いなく自分の意志だ。
「でも逃がすのは僕の仕事だね。」
「お前に任せるさ。」
軽く笑う。
こんなに楽しいのはいつぶりだろう?
「じゃあ、早速手配しよう。
先に機動庫に行っててくれ。場所は言うから。」
「わかった。」
そういえば…
「そういえば、名前は?」
今更だな、と女は笑った。
「オリーブ。オリーブ・サバル・ニスキートだ。」
オリーブ。確か花言葉は平和、だったか。
「よく似合う。」
「ありがとう。」
僕は出発する。ただ笑うために。
+++++
モビルの起動タイマーを付ける。
他の人に停止させられないようにロックを掛けた。
後は乗り込むだけだ。目的地はサバルから10キロはなれた山陰。
「行こう。」
そう思った時、執務室のドアが開いた。
「あんたは。」
あのボム兵だった。
腹に痛みが走る。血が噴出すのが暖かい。刺された。
「お前なんかが人の命を左右していいはずない。」
嗚呼、やっぱり君が正しい。
あんまり人を蔑ろにするもんじゃない。
Fin.
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あとがき
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もうワンランク暗い方です。
さすがに相互記念なのでこのラストは自粛しょうと思ったんですが、
やっぱり捨て難かったのでアナザーってことで。
2008/01/03/TEXT
by浅葱志乃