あなたは十分傷ついた
―あの人は言った

だからもう泣かなくてよいように
―そんな日は訪れる筈がない

癒しの水を求めなさい
―あの人は少し大きな箱をくれた

この箱を癒しの水でいっぱいにしなさい
―綺麗に装飾された鮮やかな箱だった


「それは、どこにあるの?」

◇◆童話◆◇
僕はあの言葉に従った。
旅に出たんだ。

残念ながら箱はまだカラだ。
僕の心には、まだあの言葉達が住み着いている。

―ユグノーめ!こっちに来るな!

―ルシファーの使いだ!


僕は、僕は自分の信じるところのものを

実行しようとしたにすぎない

なぜ、それがこんなに困難だったのか。


そして、
僕はただ旅をした。
ただ闇雲に、どこまでも転々とした。
行く先々に人が居た。町があって、心があった。

幸福な食卓があって、暖かな笑顔があった。
心が凍え、傷つき嘆く人もいた。

町を転々とするたびに荷物が増えた。
僕は、初め
荷物一つだけを背負って他は捨ててきた。

町を転々とするたびに荷物が増えた。
まずは、左手が塞がった。
そのつぎは、右手。
リュックが膨らんだ。

仕方ないので、箱の中にも物を入れた―嵩張るのだこの空箱は―始めは、パン屋に貰ったジャムだった。


旅をした。笑顔と渋面の間を、喜びと悲しみの間を泳いだ。

長い間、泳いだ。
疲れて、ふと立ち止まった。

僕は、歳を取っていた。

そういえば、何の為の旅なのだったか?
忘れてしまった。

僕の手中には、いろんなものが
ごちゃまぜに詰まった箱があるだけだ。
写真や、ぬいぐるみ。
一欠けらのパンと交換したイラスト。
恵んでもらったシャツ。
そんなものが箱には詰まっていた。



―それはどこにあるの?
そういえば、彼女はこう答えた。

―癒しの水は、ただ流るる大河です。
あなたは、そこから一杯だけ汲み上げればいい。


ああ、癒しの水は時間か。
僕は、思い出を一杯だけ汲み上げた。
そして時間は僕の悲しみを洗い、溶かして、どこまでも流れ続けるのか。


そう合点すると、少し眠くなってきた。
疲れた、なあ。
僕はもう歳を取っているのだから。

僕が少し眠ったって、焦ることはない。
時間はどこまでも流れ続けるのだから。


だから、少し眠ろう。

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あとがき
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突発的に思い立ちまして、
書いちゃいました。

最近、本も読まなければ
文も書かなかったので、
こういうのでリハビリしていきます。

イメージとしてはヘルマン・ヘッセ先生の『メルヒェン』ですね。

まぁ、イメージだけですが。
では、読んで下さり有難う存じます。

2008/09/13 TEXT BY 浅葱志乃