放課後の教室オレンジ色の日光が長く差し込んでいた。
「なあ宇佐見?」
「うん?」
俺は渇く喉をゴクリ、とごまかしつつ二の句を繋ぐ。
「俺、お前が好きなんやけど。」
勝算は五割。嫌われてはいないはずだ。
これまで完全に『有り』しか狙わなかった俺を宇佐見はじっと見る。
そして、彼女は俺の命運を別ける言葉を繋ぐ。
「へー、どこが?」
\夏\
え?どこが?どこってなんだ?
ここが?
YesかNoを期待した俺に宇佐見は半笑いで視線を投げ掛けていた。私のどこが好きなのか?と。
どこがと、聞かれたら返事に困る。
だいたい今は友達の友達という微妙な関係で、
喋るときはグループ単位。
あまりに情報が少な過ぎる。
だけども俺は告白をしている訳なんだから、
俺は答えるべきでしょう。
動揺する俺は宇佐見の顔を見る。彼女のサラっとした髪の毛先が開け放った窓か
らの風をうけて頬をくすぐる。
夕日を受けて頬が艶めく。
「おっ俺、ほっぺフェチなんだ!」
言った瞬間、血の気が退いたのは言うまでもない。
何言ってんだ。
宇佐見がきょとんとしてる…。
「だから、えーと、…その、ハリ…とか、つや、…とか……なぁ?」
あーもう。ど変態じゃないかすんごい惨め。
なんだよ。宇佐見早く振ってくれ。
どん引きを期待した(期待したわけじゃないけど)俺に宇佐見は笑いかけた。
それもツボにクリーンヒットしたくらいの大笑いだ。
笑いすぎて引き笑いだ。
「…いいよ。じゃあ、付き合おう。」
俺の予想をことごとく裏切った後で。宇佐見は言った。
「は!?なんで。」
自分から告っておいて、おかしいが
この場で誰が俺を責められただろう。
「なんで、って津村が告白したんじゃん。」
ごもっとも。
「それに、見た目が好きなんてさっぱりしてていいよ。
性格とか行動とか好かれてもさ、そんなん気分によって変わるんだからしんどい
し。」
そういうもん?
「見た目なんてよっぽどのことかなきゃ変わんないし。」
まあそりゃ…。
「だからね。」
「はぁ。」
俺はその後も若干混乱しつつメアドを交換し、帰宅した。
俺は本当に宇佐見と付き合う事になったんだろうか?
***
『おはよう(^ω^)今から登校します』
なんて、おはようメールを送り、俺はちょっと感動に浸りながら自転車を漕ぎ出した。
通いだして一年と三ヶ月になる県立高校は、
どこぞのアニメよろしく小高い丘の上なんかにあったりする。
最初の頃はロケーションに感嘆したものの、今になるとただただ忌ま忌ましい。
夏の風にやられ、汗だくになりながら高校生男子のパワーで坂を登りきり、
教室に行けばホームルームまで20分ほど余裕があった。
「おー。津村!おはよ。」
鞄を降ろし席(真ん中の列の最後)に付くと、何か書き物をしていた前の席の中村が体ごと振り返った。
机の上を見ると、おとつい提出の課題が広がっていた……。
「あー、おはよ。」
左隣の席を見る。隣はあの宇佐見だ。まだ登校はしていないようだ。
「で、どうだった?
昨日、宇佐見に告った?」
ちなみに、この中村が俺と宇佐見のパイプとなった友人だ。
宇佐見とは高一のクラスが、俺とは中三のクラスが、同じだった。付け足しておくと、女子バレー部員で自称名アタッカーだそうだ。
「告りましたともさ。」
で?と中村が―にやにやにやにやと―続きを促す。
女子はこんなのスキダヨナ。
「それでどうなったの?」
言いたくねぇなー。
「………。」
「ねぇ!」
「……オッケーだった。」
えー!!と白々しい程のオーバーリアクションだった。
中村、口角が上がってる。
「へー、意外だなぁ。あの宇佐見がオッケーするとは。」
確かに、男女交際に積極的なタイプには見えないな。
しかし、ほんとになんでオッケーだったんだ?
「なぁ、中村?
顔が好きって言われるのと、中身が好きって言われるの、
どっちがいい?」
宇佐見の友達だし、解るかもしれん。
「…?そりゃ中身でしょ。
それがどうしたの?宇佐見絡み?」
こいつの感性は人並みらしい。
「いや、宇佐見に告ったときにな。
自分のどこが好きか、って聞かれてうっかり……」
「顔っていっちゃたの?」
中村が俺の話を遮る。すごい楽しそうな顔してやがる。やっぱ言うんじゃなかっ
た。
「あー、まあ。」
かなり嘲笑われた。
指差して笑ってる。くっそ。
「まじで?それで、よくオッケーされたね。うけるわー。
顔?顔っていったの?バッカじゃん。」
うぜー。
「うぜー。だからお前モテないんだよ。」
これはこいつを黙らせる必殺技だ。
「なにさ。告られたことくらいあるもん。」
「男子高のやつだろ?あんなん女の形ならなんでもいいと思ってるぞ。」
今までの中村なら、ここまで言えば必ず黙る。
「そんなん津村だって、今まで絶対いける子にしか告らなかったじゃん。
あんたも女の形ならなんでもよかったんじゃない?」
そうきたか。
「うるさいな。」
「ほんと。なんでそんな津村が宇佐見なんだか。あれってそんなに可愛い女かな?自由人だし、確実に変態じゃない?」
ほんとにこいつ友達なのか?
まあ俺もそこら辺の理由は曖昧なんだけど。
「あ、宇佐見だ。」
中村が、教室の後ろのドアから宇佐見が入ってきたのを見て言った。それから予鈴がなった。
「おはよう。宇佐見!」
中村が、宇佐見の前の席に移動する。その机と椅子の主はまだ登校してないようだ。
「…おはよう。」
席に座り込むなり宇佐見は、バタリ、と倒れ込んだ。
「今日も疲れてるねー。」
中村が自分の課題(やりかけ)の隙間から下敷きを抜き出して、宇佐見を扇ぐ。
「…暑い。」
俺は実際に目撃したことは無いが宇佐見は毎朝、遅刻ギリギリに家を出て全力で自転車を漕ぎあの坂を登ってくるらしい。
「もうちょっと、早くくればいいのに。」
俺は少し感想を漏らした。
「起きれるならそうする。」
宇佐見は倒れたまま、机の右側に掛けた鞄から自分の下敷きを取り出し、中村に渡した。
「宇佐見、厚かましいよ。」
中村が笑いながら受け取って言った。
「お願いします。」
俺も机から適当な教科書を出して宇佐見を扇ぐ。
「なぁ、携帯見た?」
ちょっとカッコ悪いと、思ったが俺はこいつがメールを見たか気になっていた。
「んー?携帯、家かも。」
ポケットに手を突っ込んで漁った後、宇佐見が言った。
「宇佐見?私がおととい送ったメールも見てないでしょ?」
そういうやつ、なのか?
「それは見た。課題がなんとかとかいうヤツ。」
あー、机の上の。
「じゃあ、返事しろや。」
「私も解らなかったから。」
「自由人。」
なるほど。
そうこうしているうちに担任が到着し、ホームルームが始まった。補習についてのアンケートが配られたので、俺はその他大勢にならって記入しだした。
「あ…。」
横から宇佐見の声がした。
手には黒い携帯を持っている。
どうやらペンケースから出て来たらしい。
開いて画面を見ている。
俺のポケットの中の携帯が震える。
『私は8時25分に登校した』
返事するべきか迷って、やめた。しかし何と無く嬉しくて保護をかける。
スプリングフィーバーだ。
なおざりなままのアンケートを提出しホームルームを終えて、俺は一限目の準備を始めた。
「津村おはよー。」
また後ろのドアから入って来たのは、中学からの友達で同じクラスの大木と晴山だった。
「おはよう。二人で遅刻か?」
「いや、顧問に呼び出されてただけ。」
こいつらはサッカー部員だ。
実は何を隠そうこの俺も、中学ではこいつらとサッカーをしていた。
まあ、俺だけ三年間補欠を貫き通し、高校からは帰宅部だけど。
大木と晴山が俺の右隣の列の席に付く。このクラスの席替えは完全くじ引き制だが、交渉による交換が認められているので仲いい奴らが固まることになる。
「津村、宇佐見さんと付き合うんだって?」
俺の真横の席の晴山が言った。
「情報速いな。」
「さっき中村さんが、わざわざメールくれてた。」
…ふざけんな。完全に遊ばれてる。
「大木にもメール着てたぞ。」
脱力する俺に晴山が追い撃ちをかけた。
「あー…。」
「津村!あんたほっぺフェチなの?」
件の中村が興奮気味にやってきた。
「おい、中村。馬に蹴られて死んでくれ。」
自分の恋路が閉ざされてるからって人まで巻き込むな。
「えー、だってあの私の大事な宇佐見をゲットしたんだから、
そこら辺詳しく聞かなきゃ。」
「だからって、言い触らす必要は無いだろ!」
もーほんと勘弁してくれ。
「わかったよ。つまんねー。」
おもしろがるな。
***
青少年の理想を統計すると交際する男女は、昼休みは一緒に屋上でお弁当を食したりするのがベタじゃないだろうか?
実際、巷のカップルを見ると、みな往々に二人の世界の場合が多い。
相手が宇佐見だったとしても、俺がそんな理想を持たなかったと言えば嘘になる。
でも、相手は、あの宇佐見であって宇佐見でしかない。
なぜ俺がそんなトートロジーに打ちひしがれているというと。
今、やっぱり宇佐見と二人の世界という理想は実現しなかったからだ。
結局俺は教室で、いつも通り大木、晴山、中村なんかと弁当を食べている。もちろん宇佐見も一緒なんだが…。
「なあ、津村?お前さ宇佐見さんと弁当食わなくていいのか?」
そんな俺の心に、大木が手刀を突き立ててくる。
俺は、負け惜しみの意味を込めてとぼけるのだ。
「食べてるじゃん今。なぁ?宇佐見。」
「うん。」
この2グループはなにかとイベントの度に合体する、俺らと宇佐見のグループはなんやかんやで癒着が深い。
「じゃなくてさ。屋上とかで二人きりでとか?」
大木は俺の理想を余す事なくぶちまけた、逃げ場の無くなった俺は宇佐見を見る。
フォークで卵焼きを食べる宇佐見は、なんか可愛い。
「だって屋上って暑いじゃん。」
宇佐見は極度の暑がりで、冬直前までは冷房を付けているらしい。
高一の頃はそのせいで風邪をひき二日ほど欠席したとか。
その話を聞いたのが進級してすぐでその頃は、天然なんだなぁ、とくらいにしか思ってなかった。
それから宇佐見の数々の神話を耳に入れ、そのたび俺は驚いた。
ほんとに何故俺は宇佐見に告ったのか。
「屋上ってのはものの例えで……」
と大木が言っているが、結局宇佐見にその気が無いので、その説明は大して意味を持つことは無いだろう。
「でも、宇佐見と津村が、二人でどっか行っちゃったら私はどうするの?
あんた達相手してくれる?」
中村がコロッケを口に運ぶ。中村の一口はでかい。
「あー、無理だ。やっぱこの話無しで。」
もともと“あった”試しは無い。
「でひょ。」
中村がコロッケを咀嚼しきれないまま相槌をうつ。この娘、野性か?
そんなままで俺と宇佐見はあまり交際している、という実感を得ないまま夏休みに向かって毎日を浪費して行ったのだ。
***
それからしばらく、期末テストも終わり、うだるような暑さが充ち始めた。
みんな夏休みへの高揚と、微妙なけだるさに巻かれて学校生活を謳歌していた。
俺と宇佐見は相変わらずで、別登校、メール微量、電話なし、デートなし、グル
ープで弁当。
俺もよくやっている。
しかし、不満はあるものの以外とストレスはない。
不思議だけど。
「津村は球技大会、やっぱりサッカー?」
昼休み中村が聞いた。
来週7月16日。終業式の三日前に学期の締め括りとして球技大会が予定されている
。
ちょうどさっきの授業がチーム分けを決めるHRだったのだ。
「うん、俺はサッカー。でも大木たちはソフト。」
運動部の部員は所属している部の競技には出場できない決まりだ。
なので元部員などの経験者は強制的に割り振られる。
「大木ってノーコンじゃなかった?」
中村は大概失礼だ。
「いや、レーザービームは投げれないけど、普通にするのは問題ねぇよ。」
大木の反論もさもどうでもよさそうに中村は笑う。
「宇佐見は?」
宇佐見は、フォークで卵焼きを食べる手を止めて俺を見る。
「ん?バスケ。」
最近気付いたが宇佐見の弁当には毎日、卵焼きが入っている。
「へー。チームプレイ苦手じゃねぇの?」
俺は勝手に宇佐見は卓球を選ぶと思っていた。
「だって、中村が勝手に名前書いたから。」
「お気の毒に。」
この自己中心的生物は。
「いや、バレーじゃないなら大丈夫。」
「へー、得意なんだ?」
「べつに。」
う、会話が切れそうだ。
「いや、宇佐見はたぶん津村が思ってるより運動できるよ?チームAだし。」
中村がしごく軽くフォローした。
「Aなんだ。Bチーム誰ら?」
晴山が無言でがっつりと弁当を食べ終え会話に参加した。
「田中さんと、国本さんとかー、あと末田さんとからへん。」
やる気薄めの帰宅部や美術部員だ。
球技大会はどの競技でも3セットマッチだ。A、B、Cチームの3チームに分けられる。
セオリーとしては、Aで先制攻撃。Bをインドア派の掃溜め。Cで追加点・逃げ切り。
というものだ。
なのでA、Cはスポーツが得意な生徒が集まっている。
「たっのしみだねー、津村。」
晴山が漫画のような童顔を向ける。
***
いよいよ、球技大会本番となった。
選手宣誓なり、競技場の注意なり終わった後、女子は体育館と多目的ホールでバスケ、バレー、卓球。
唯一、校舎内で行われる卓球はいまいち盛り上がらない。文化部や腐女子ばかりが集まっていて優勝は元卓球部だが本気でやる分、彼女たちは浮いてしまうのだ。
そして逆にバレーやバスケは白熱し怪我人が続出する。
男子は運動場でソフトとサッカーで競い合う。
どちらも割合盛り上がるが、そんな女子ほど必死ではない。爽やかな青春スポーツ劇だ。
「じゃあな!」
俺は右手を上げる。
「おう!」
「頑張って。」
グローブを軽く開閉しながらダイアモンドに向かう大木と晴山とエールを交えて俺もサッカーグラウンドに向かう。
俺も自慢じゃないがCチームだ。
「おーい!津村、ボール回しするぞ!」
補欠経由の帰宅部仲間岸辺が呼ぶ。Cチームのキャプテンだ。
「おう!」
組み合わせ表を見ると、俺らの試合は午前の前半に多くある。
女子バスケのチームの試合は午前の後半に固まっているので、ここらは青春よろしく宇佐見の試合でも見に行ってみようと思う。
***
「あ!津村君。博美ちゃん試合出てるよ!」
休憩を追えて午後の部が始まった頃、俺が体育館に入っていくと田中さんと国本さんが手招きした。
″ヒロミちゃん″とは宇佐見のファーストネームだ。
中村は下の名前では呼ばない。一度、理由を訊ねてみたが『似合わないから』だそうだ。
生まれてからずっと宇佐見博美で生きてきたのに16歳になっていきなり真っ向否定されるとは″博美″の二文字も気の毒だ。
「あー、どうも。」
何となく逃げられなくて、俺は田中さん達の近くに行く。
一緒になって体育座りするのはさすがに勘弁して欲しいので、俺は2人の横に直立した。
「座んないの?」
「いや、別にいいや。」
「ふーん。」
こういうときの女子の顔って結構ニヤニヤしてるよな。
耐え切れなくなってコートの中に目を向ける。
宇佐見は、ぽつねんとゴールしたに佇んでいた。やる気ないんじゃないのか?
「宇佐見さん、さっきから凄いんだよ!」
国本さんが見上げて言う。
「うん?」
「得点ね、半分宇佐見さんが入れたんだよ!」
俺は得点板を見る。9-6でうちが3点リードしていた。
「へー。凄いじゃん!」
「でしょ、実は小学生の時バスケやってたらしいよ?って知ってたよね。」
いや、知らんかった。
「何で知ってるの?」
そんな宇佐見と仲良さげな人種じゃないぞ?
「美奈ちゃんが宇佐見さんと同じ小学校なんだって。」
美奈ちゃん・・・田中美奈さんか。
「そうだよ、それに中1の時のクラス一緒だったの。」
だから″博美ちゃん″なのかぁ。
「ほー、知らんかったな。」
『うさみー!!!!』
体育館に中村の声が木霊する。
驚いてコートの中を見れば、中村が敵のゴール下からボールを大きく振りかぶって投げたところだった。
超ロングパスだ。
普通の女子が遮ろうとして手を伸ばせば突き指は必至だった。
コートの反対側にいた宇佐見は軽く進み出てお腹位置でしっかりボールをキャッチ、
スッとターンして、
1,2,3ステップでドリブルシュートを決めた。
手際が良すぎて、敵チームのディフェンスが間に合わなかった。大概球技大会のディフェンスは『だんご』だしな。
味方の応援が沸き立つ。俺も呆気に取られて気のない拍手を送った。
「宇佐見すげぇな。」
「そうだね。さっきから中村さんがボール捕って博美ちゃんがシュートしてるんだよ。
今はたまたま誰もいなかったけど、さっきなんて佐倉さんのディフェンス余裕で交わしたの。」
佐倉さんは身長170pあろうかというバレー部のセッターだ。
「ところで、津村君は勝ったの?」
国本さんがボブショートの毛先を弾ませて楽しそうに話す。
そういえば、この子って大木の好きなヤツじゃなかったっけ?
「ああ、勝ったよ。今Dブロックの決勝やってるから、その後の決勝トーナメントに出るよ。」
すごーい、と可愛らしいぬるめの拍手が送られる。
「大木君たちのチームは?男子ソフト。」
「そっちも、勝ってるみたい。でも午後からの一試合目が3年の引退メンバー結集してるとこだから、勝ち抜けそうもないらしい。」
3年だけ引退しているので普通にレギュラーだった人が出てくる。理不尽な事だ。
「そっかぁ、でも大木君たちもがんばってるんだし。一応、応援するよ。」
大木、脈アリか?でも田中さん彼氏いたな。
くだらない事を考えていたら、宇佐見の試合が終わってしまった。
すごい申し訳ない気分だ。
「じゃあ、私ら次試合だから行くね。」
「あ、うん。ありがと。」
なんとなく間抜けな感じになった。
「宇佐見!」
「・・・津村。」
運動量が少なかったからか、皆が息を切らして水飲み機へ向かう中に混ざるものの宇佐見は涼しい顔をしているように見えた。
「見てたよ。」
「知ってるよ。」
そっけない。いつにも増してそっけない。
「気付いてたんだ。」
顔が不機嫌そうだ。
「ゴール下って別にやる事ないから。」
「そうか、目が合わないから集中してるんだと・・。」
「ちょっ!・・・ごめん。」
いきなり顔を抑えて俯いた。
「!」
鼻血だ。
「わぁ!えっ、ちょっとまってて養護の先生に氷貰ってくるから!」
どうやらのぼせてたらしい、怒ってたんじゃなかったんだ。ってか大丈夫なのか?熱中症じゃないのか?
あぁ!ポカリとか買って行かないと!
「はい!えーっと、氷で、ポカリで、タオル!あ、風にあたらないと!外、外!」
俺は宇佐見を校舎への渡り廊下に連れ出す。
「・・・どうも。」
ちょっと笑ってないか宇佐見?
「津村は焦ってる時が一番面白いね。」
「えっ!?」
それってどうなの。男としてどうなの?
「それよか、なんでポカリ?」
日本一軽量のポカリのペットボトルを宇佐見は頬に当てる。結露が頬に着いている。
「え、熱中症にはポカリがいいって大塚の人が言うから。」
この前にわざわざソイジョイ持参して講演に来てくれた時に言ってた。
「え、あたし熱中症ではないと思う。」
「うぇ?あっ・・・ああ!そうだね。うん。そうだ。」
案の定、今回も俺は宇佐見のツボをついたらしい。
こんなに宇佐見を笑わせられるなんておれ凄いんじゃないか?
複雑だ。
「うん。ありがとう。」
まぁ良しとするか。
「どういたしまして。」
こんなに宇佐見と落ち着いて話せたのは初めてかもしれない。
「津村、サッカーどうだった。」
2人で体育館の外に座り込んでまったり、青春だ。
「勝ったよ。」
「おめでとう。」
「どうも、ありがとう。中村は?」
水のみに行ったまま帰ってない。
「たぶん、外で練習。」
「宇佐見はいいのか?」
同じチームだろうに。
「ナカムはCも出るから。」
「ああ、丘島さんの代わり?」
「うん。」
あれはほんとにお祭り女だ。
丘島さんは、一年生からずっと保健室登校で行事は絶対不参加。
球技大会は欠席者の変わりに誰でも出ていい。
どこのクラスにも欠席者はいるので、体育会系のヤツは2回出る事も珍しくない。
ある種の戦略として確立している。
「そういえば、宇佐見5点も取ったんだって!すごいな!」
「ナカムがパスくれるから。シュートするためにあそこにいたし。」
「だからって、誰でも簡単にシュートできるわけじゃないよ。それにあの佐倉さんを抜いたんだろ?
すごいよ。」
宇佐見が黙りこくった。俺なんか失敗したのか?
それからBの試合が終わり、後Cが終わると昼休みだ。
頬を紅潮させて、国本さんと田中さんがやってきた。
「おつかれ、博美ちゃん。鼻血、大丈夫?」
「おつかれ。大丈夫。」
こうも女子に囲まれると所在無い。今ごろチームメイトは自動販売機の前でサボってるんだろうな。
ポカリ買ったときいたし。
「ここ涼しいね。宇佐見さん。」
「うん。国本さん顔赤いね。」
「うん、暑かったから。・・・それで美奈ちゃん話の続き!なんで別れちゃったの?」
そんな話、俺が聞いていいの?
「だって、好かれてるかどうかも分んないんだもん。メールとかもそっけないし、休みとか部活ばっかりだし、
夏休みに会おうっていっても、なんか曖昧だもん!疲れちゃった。」
吹っ切れてるらしく、声にはサバサバした怒気が含まれていた。
メールが、そっけない・・・。
なんか曖昧・・・。
嫌な想像が頭をもたげかけて、頭を振る。それを振り切るように少し高いテンションで宇佐見に話しかける。
「なぁ宇佐見もう平気か?」
「うん、ありがとう。」
本当に顔色も良さそうだ。
「じゃあ。中村の試合見に行くか?」
「行く。美奈さん達は?」
「うーん、行く。でも、もうちょっと涼んでから行くね。」
宇佐見と田中さんは結構仲がいいらしい。
「宇佐見って田中さんらと仲良いな。」
試合観戦中にちょっと聞いてみた。
「うん、あの子らかわいいから好き。」
たしかに、ふわふわした子達だな。
「午後・・」
「うん?」
「午後うちのチームも決勝出るから見に行けない。」
珍しく殊勝な事を言う。と思うのは失礼か。
「うん。頑張れよ。」
「だるいなぁ。」
結局、宇佐見は自由人だ。
***
そして、球技大会は終わり
俺達、男子サッカーは準優勝。もちろん優勝は3年の引退レギュラー結集チーム。
宇佐見達の女子バスケは、3位だった。
どちらかというとインドアの人たちが多いチームだったので、なかなかの快進撃だったのだが、
中村だけは不満そうだった。
それで後3日適当な授業をこなしながらも、もう全員の頭は夏休みで、
俺はどうやって宇佐見と夏休みに会うか、模索していた。
今は5時限目の体育でバスケだ。女子はこの暑い中陸上競技をやらされているらしく、グラウンドにいる。
「はぁ、もうじき夏休みか。」
晴山がいう。今俺らは点付け係に指名されてしまい、取り止めの無い話をして時間を潰していた。
「そうだな、今年は受験も無いし遊び放題だな。どっか遠出でも行くか?」
俺のその言葉を聞いて大木がニヤニヤと突っ込んできた。
「ばかか。そういうのは宇佐見さんと行けよ。」
馬鹿はお前だ。俺らは未だに巷でデートすらしたこと無いんだぞ!
と思ったがもちろん口に出すわけも無く、話題を変えることに尽力した。
「そういうお前は、田中さんどうするんだよ。夏の祭にくらい誘えばどうだ?」
今度は大木が言葉に詰まる番だった。
「え?でも田中さんって彼氏いなかったっけ、あの四組の野球部の・・。」
晴山が言う。ああ、あの別れた彼氏さんのことだな。
「ああ、最近別れたらしいぞ?」
「ええ?」「へー。」
2人とも同時のリアクションだったが、えらく温度差があった。
「なんだ、大木。知らなかったのか?今がチャンスだぞー。」
大木の顔が心なしか赤い。大柄のこいつが赤面すると、申し訳ないが、ちょっと、キモい。
「そうだね。大木、頑張りなよ。でも大木にまで彼女ができちゃうと寂しくなるなぁ。」
「そんなことないぞ、ハルちゃん!俺はお前を捨てたりしないぞ。」
この小柄で色白(サッカー部レギュラーのくせに)の晴山は童顔というより、むしろ女顔だ。
「や、やめろよ、津村!」
大木がその後、どんなアクションを起こしたかは知らないが田中さんと一緒に祭へ行く約束を取り付けたことを俺は後になって知る。
体育の時間中俺は、どうやって宇佐見を祭に誘うかを一心に考えていた。
***
「あれ宇佐見は?」
6時限目が始まっても宇佐見達は帰ってこず、少し遅れて中村だけが帰ってきた。
「先生!宇佐見さんは体調が悪いようなので保健室で寝ています。」
中村は教科担任に報告し席に着いた。
俺は早速その中村の背中をつつく。
「なに?」
「宇佐見、体調でも悪いのか?」
中村は俺の顔を見て少しほくそえむと事の顛末を話し出した。
「いやね、今日うちらハードルだったんだけどさ。宇佐見が転んじゃって、それも手をつくのに失敗して顔面から。
そんでほっぺたをちょっと擦りむいたから、消毒しに行ったの。そのまま戻ってきても良かったんだけど、だるいから寝るって。」
顔?年頃の女の子が顔に怪我したのか?
「それで、その怪我大丈夫なのか?」
心配する俺をよそに中村はしれっと答える。
「あー、全然。後も残んないくらいだって。」
それなら安心だ。息をつく俺に中村は少し笑って言う。
「ほんとは宇佐見。だるいからとかじゃなくて、ほっぺた擦りむいたから帰って来づらいみたい。」
その宇佐見のほっぺたについてのエピソードを知っているのは、今のところ当事者以外では中村だけだ。
もちろん増やすつもりも無い。
「だから、授業終わったら迎えに行ってやってくれる?そうしなきゃ、いつまでたっても戻って来なさそうだし。」
あー。本当に宇佐見はかわいい。
***
俺は授業が終わると一目散に保健室へと向かった。
「しつれいしまーす。先生、宇佐見いる?」
養護教諭は頷いてカーテンの閉まってるベッドを指した。
「宇佐見さん、気分平気?呼びに来てくれたみたいなんだけど・・。」
「あ、はい、平気です。お世話になりました。」
カーテンから姿を現した宇佐見は少し髪に癖がついていた。そして頬には小さな絆創膏がはってある。
宇佐見は髪をなで付けながら上履きを履いた。
「宇佐見、怪我大丈夫か?」
教室までの帰り、俺は宇佐見に話し掛ける。
「うん、ありがとう。」
宇佐見は少し俯きがちだ。
「あのさ・・。」
俺は少し恥ずかしいことを言おうとしている自覚はあった。
「ほっぺな、宇佐見の好きなところの1つっていうだけだから。」
今俺はきっと、さっきの大木なんて比べ物にならないくらい赤面している。
宇佐見は俺の顔をまじまじと見る。
ああ、ここが廊下じゃなかったらきっと全力疾走してるのに。
「うん。」
宇佐見は浅く頷きまた歩き出した。
たぶんこの恥ずかしい台詞は言った分だけの価値はあったと思う。
俺は少し調子に乗ってみることにした。
「なあ、宇佐見。今年の祭、一緒に行かないか。」
「えー、暑い。」
いきなり撃沈するとは思いもせずに・・。
「・・そっか。」
「でも、津村が浴衣着てくるならいく。」
そんな訳で俺は、夏休みに入るなりユニクロで浴衣を一揃い買い。来る7月27日の夏祭りに備えるのだった。
_______________
あとがき
―――――――――――――――
おもっきし、季節を外してしまってます。
書き出した頃は確か夏休みの二週間前だったはずなのに。
カメ更新は季節にも影響します(泣)
これはYUIさんのSummer Songに触発されて書き始めた気がします。が、なぜかこんな変態の話に・・・。
あー、でも個人的に電波系女子と弱へたれ男子はともに萌えツボなので変な方向にテンションを上げてしまいました。
でも一番書きやすかったのは中村だ。
2009/03/22 TEXT By 浅葱志乃