ここはガンダルシア王国。
妖精と人が共存する土地
平和なこの国にもやはり数々の危機はあり
今回は国の存亡にまでかかわる出来事だったらしい。
白昼夢
とある真夏日の昼下がり、子供達は長い長い夏休みに入ろうとしていた。
王都リエノアにも例外は少なく、リエノアきっての魔術学校もいま終業式が終わった所だった。
中等部の校舎からは永い永い集会を乗り越えた子供達が校門からあふれ出してくる。
「長い!半端なく長いよ先生の話!」
アトレインは伸びをしながら言った。
「本当に疲れたわ。集会で言う事なんて同じよ『海水浴の際は海の妖精に敬意を持って接し失礼な事をして海に沈められないようにしましょう』これだけの内容なのになんで一時間もしゃべってるのかしら。」
エナも居眠りして乱れた髪を気にしながら言った。
「それにしても王都きっての学校ってだけあるよね。周りの皆キチッと背筋伸ばしてちゃんと聞いてるんだもん居眠りもできやしない。」
オーリィはいまさら襲ってきた眠気と戦っていた。
「その割には大した事無いわよね。中等部から入学した私達が学年の上位にいるんだから。」
エナは周りに生徒がいないのを確認していった。
「オーリィは別だけどな、たまに俺達よりいい点取るけど普段は最下位すれすれ。」
アトレインも同意した。
「君等って詐欺だね。皆の前だと聖人みたいなのに、三人になるとこうなんだから。」
オーリィは二人の豹変振りに渋い顔だ。
「まぁ、みんなそんなもんだよ。」
「そうそう、ところで・・」
エナが毎年恒例となりつつあるあの話題を出した。
「自由研究どうする?」
夏休み最大の問題である、宿題の中でも強敵である。
「ピクシーの研究は?」
「一昨年やったはアトレイン。去年はドワーフだし、セルキーとディナ・シーはもっと前だわ。もうこの近隣で調べられる妖精は無いわね。」
はぁ、と三人はため息をついてしまう。
「じゃあ、今年はどうしよう。」
行き詰ってしまうと急にやる気がなくなるものだ。
しばらく皆無言で考えをめぐらせる。
「そだ!ウィッチは?」
エナが目を輝かせて言った。
「はぁ、自信満々で言ったと思ったらそんな事か・・・。」
アトレインが呆れた様に言った。
「あんなのいるかいないかわかんねーじゃん。伝説の魔女の生れ変わりの妖精とか噂されてるけど実際には要るのか証明されてないし。」
「それに、アンシーリーコート(悪い妖精)かシーリーコート(良い妖精)かも分からない、なんて素適じゃない?東の森に住んでるって噂よね!」
エナはもう行く気満々だ。
「噂だろ?ウ・ワ・サ!あの森立ち入り禁止だし。」
「そうだよアトレインの言うとおり、それにあの東の森はアンシーリーコートが多いって噂だしね。やめといた方がいいよ。」
「それ確かなの?オーリィ。」
「いや、噂だよ。でも火の無い所に煙は立たないでしょ。」
オーリィは少し口ごもる。
「それを言うならこっちもだわ。火の無い所に煙は立たない、ウィッチだっていくつか目撃例はあるじゃない。」
「それでも、そこまでしてやる事か?たかが夏休みの宿題で。」
完全に冷静さを欠いているエナにアトレインがまともな言葉を浴びせる。
「やる事よ!あそこにはストラングリア(一角獣石)があるらしいの。あれさえあれば、今私達が研究してる薬も完成するし、効果も上がるわ。そうすれば、私達一気に飛び級!将来も明るくなるわ!」
アトレインが少し思案して結論を出した。
「なら仕方ないな。エナお前初めからそのつもりでその話題出したんだろ?」
「そうよ。ご名答!それにこの前下見したけど別に警備員の人とかいなかったから簡単に入れそうよ。」
あとは、オーリィだけね?とエナはオーリィに視線を送る。
「だめだよ、危険だ。」
「頭固いわね。大丈夫よ、三人で行けば。」
エナも引き下がるつもりはないらしい。
「あ・・・、うん。分かった・・・、でも危険な事はなしだからね。」
いつもの事ながら結局最後に引き下がるのはオーリィだ。
「じゃあ、決定!家にかばんを置いて二時に森の入り口でね。」
* * *
「別に警備が厳重って訳でも無いでしょ?」
勉強道具を持って帰りそれぞれ楽な格好で集まった。
森の入り口には別にそれといった仕掛けも無くその気になれば誰でも入れそうに思う。
「あぁ、何で誰もきちんと入れたこと無いんだろう?と言うよりそもそもアンシーリーコートが多い所に何の処置も無いってのはどうかと思うけど。」
アトレインも森の中をのぞいて言う。
「本当に噂だけなんじゃない?アンシーリーコートの話は。それにこの森街から離れてるし、悪い噂も流れてるんじゃわざわざ来る人もいないわよ。」
「そうだな。じゃあ行こうか。」
アトレインが森の中を先導して歩き出す。
「ストラングリアはどこだろうね?」
オーリィが辺りをキョロキョロと見回す。
「あれは五年に一個見つかるか見つからないかって代物だもの。文献も少ないし、とにかく探し回るしかないんじゃない?」
「めんどくさ。」
アトレインは近くの草むらを蹴る。
「でも、これで上手くいったら私達飛び級よ。」
「そうなんだよなぁ、でもほんとに上手くいくのかね。」
見つかりそうに無い。とアトレインは近くの石を拾って確認しポイッと投げる。
「まぁ、来た以上は何か成果を出さないとね。ウィッチも出来るのなら探すし。」
オーリィも茂みの向こうを見ながら言った。
『お前らウィッチを探しに来たのか・・・。バカだなぁ、その前に俺らに食われちまうってのによ。』
「なに?」
三人が声のしたほうに向くとそこには見た事も無い妖精がいた。
「お前はアンシーリーコート?」
『そうさ。でも俺等なんて怖く無さそうだな、こんなとこに結界破ってわざわざ入ってくるなんてさ、それに後ろにもっとおっかないの連れてるし』
その妖精はケタケタ笑いながら言った。
「え?」
エナとアトレインが振り向くとオーリィの後ろ辺りに小さな影が見えた。
「オーリィ後ろ!」
「えっ?」
オーリィも振り向く。
そこにいたのは、小さな・・・
「女の子!?」
だった、漆黒の髪を背中まで伸ばして結わずに降ろしてある。髪と同じ色の瞳は、
なんとなく強い光を持っているように思えた。
「グリンザ。またあなたなの?低級魔はすぐに結界を抜け出せるから小賢しいわ。」
見た目は六歳ほどの女の子は、不自然な程大人びた口調で言う。
「げ!クロエ・・。」
グリンザと呼ばれた妖精は彼女を見て身を固くした。
「さようなら、グリンザまた会う日まで。もう合わない事を願ってるわ。」
そう言って彼女は指をぱちんと鳴らした。そうするとグリンザは茶色で透明な結晶に包まれた。
「また、やられちまったぜ。良い事教えてやるよ、そいつ等ウィッチを探しに来たらしいぜ。狩りに来たのかもしれねぇナ。」
グリンザはケタケタと笑う、その少女がだるそうにもう一度指を鳴らすとグリンザは消えた。
「封印終了・・・・。それであなた達はウィッチを探しに来たの?」
その小さな女の子はぶかぶかの大きな白い法衣を翻してこっちに向き直る。一瞬少女のが驚いた顔になり顔が何か呟いた気がした。
「あ・・・、うん。まぁ。」
そうなのだが何となく違う気がしてアトレインは口ごもる。
「何のために?」
少女の眉間に小さな皺がよった。いぶかしんでいる、あたりまえだ。
「夏休みの研究で・・。」
「はぁ?」
間髪いれずに少女のツッコミが入った。
「それだけの為に?」
顔にはしっかりと胡散臭いと書いてあった。
「あ・・・え・・。えーっと・・・お・・・・。」
「あと、ストラングリアも探しに。」
2人の会話にしびれを切らしたエナが話に割り込んだ。
「ストラングリア・・・。
まぁなんにしてもそんなことの為にここに結界破ってまで入るなんて・・・。」
少女が3人を思いっきりにらむ。
「危険すぎるわ。」
「それを言うならあなたもでしょ? 」
エナも睨み返すどうやら素直に引き下がる気はないようだ。
「あなただって小さな子供だわ。
さっきのアンシーリーコートと知り合いみたいだからこの森には頻繁に出入りしてるようね。子供がこんなところに出入りするのを許してるなんて親は何をしているの?」
アトレインとオーリィはエナの発言に焦った。妖精を封印するほどの力を持つ得体の知れない少女を刺激するとは思わなかったからだ。
「お前ってエナの従兄弟だよな?アイツってお嬢様だっけ?」
アトレインがオーリィの耳元で囁く。
「ううん、そう思うくらい高飛車だけど、一般家庭で育ってるよ。」
オーリィも囁き返す。
「こんなところ?ここはいい所だと思うわ。薬草もいっぱいあるし、空気もいいから野原の妖精の力も強い。なにより木々が譲り合ってるからすべての物に暖かい陽光がさしてとても綺麗な森に成っているわ。妖精にとってはこの上なくいいところね。」
なにかが決定的にずれている発言にエナは額に手を当ててわざとらしく呆れたような仕草をする。
「あなたなんで妖精に例えて言ってるの?私は人間としての常識の事を言ってるのよ?」
「あなたではなくて、クロエよ。
ウィッチ・クロエ。人間の常識なんて私には関係ないんじゃなくて?」
少女の爆弾発言に三人は耳を疑う。
「今ウィッチって言った?」
オーリィが代表して聞き返す。
「そうよ?あなた気付いてたんじゃないの?」
「そんな分けないよ!?僕はただの魔術師の学生だもん!」
「あらそ。」
それより・・とアトレインが意味不明になりつつある二人の会話に割り込んだ。
「結界って?」
「あら?あなたたち結界を破ってきたんじゃなかったの?この森には誰も立ち入れないように決壊がはってあるんだけど?」
「そんなの張って無かったと思うわ。どんなタイプのものなの?」
エナは学校の選択科目で結界学を選考しているだけあってこの手の話には食いつきがいい。
「潜在意識に呼びかけるタイプよ。この森に向かってきた人は自然に別の用を思い出したりして来る気がなくなるの。もう結界もずいぶん長く張ってあったから寿命だったのかしら・・・早く修繕しなきゃ。」
「そんな大型の結界どうやって維持しているの?」
「それは・・・・」
パリンッ、と耳の奥で何かがはじける音がした。
「なんだ・・・、今の・・・。」
アトレインが咄嗟に耳を抑えた手を離しながら言う。
「まずいわ・・・。結界が破れた。」
クロエが呟く。
「結界ってもう解けてるんじゃないのかよ。」
アトレインが怯えたようなクロエの顔を見る。
「えぇ、この森の結界は。この森の奥にはこの国の要があるの。」
「か・・要?国の?」
とんでもないスケールの話になってしまって、三人は話についていけなくなってしまった。
「とにかく、とめなきゃ!来て!人手は多い方がいい!」
そう言ってクロエは走り出した。