黒曜石
クロエが森の中を駆け抜けていく、彼女の年代で言えばクロエの足は速い方だろう。
「クロエ!何処行くんだよ!」
息せき切ってクロエは走るが、やはり歩幅が小さいため三人が軽く走ると追いつけた。
「ウィッチの所!ウィッチが封印してある所!」
「ウィッチって・・君・・でしょ?」
オーリィは普段から運動量だ少ない所為で、ついて来てはいるが少し息が上がっている。
「ウィッチはこの森に二人居るの。一人は私、もう一人はウィッチ・アキネ。国はアキネを琥珀の中に封印して、彼女の力で世界を維持しているの。彼女を逃がしてしまったら、絶望が動き出す。」
「なんだか凄いスケールね。」
エナがふと足を止める。
それは目の前に突き出た木の枝の際かもしれないが、
それよりもその枝に腰掛ける小妖精の所為かもしれない。
小妖精は微笑む、そのなんとも形容しがたい色の瞳にエナは段々と
魅了されていく。
小妖精が手を差し出す。
その手を取ることは、
どんなお菓子を与えられるよりも、
どんな宝石を差し出されるよりも、
甘美な誘惑に思えた。
エナがゆっくりとその手に自分の腕を伸ばす。
誰も、気付きはしない。誰も足を止めたりはしない。
「エナ!やめろ。」
その声は清涼とした闇のような、聞きなれないテノールの声だった。
エナがはっと正気に戻る。
声にクロエが素早く踵を返し、法衣のポケットから取り出したさまざまな彫刻がなされた短剣を小妖精の座る木の枝に突き刺した。
「失せろ。」
クロエのその一言に小妖精はパッと空に消え去った。
「あなた大丈夫?」
クロエは短剣をしまいながら、エナの顔を覗き込んだ。
「えぇ、大丈夫よ。どうもありがとう。」
それとね・・・とエナがどこかで聞いたような事を言う。
「あなたではなくエナよ。エナ・シルキス。よろしくね、クロエ。」
クロエの頬が少し赤らんで見えたのは見間違いではないだろう。
「でも、さっきの声誰だったのかな?」
アトレインが呟くと、エナが間髪入れずに早口で言った。
「誰でもいいじゃない!助かったなら!ね?クロエ。」
「あなたが・・・そう言うなら。」
いきなり話を振られたクロエはおかしな返答をした。
「まぁいいや。それより、急がなきゃならないんだろ?」
その一言で、空気に緊張が戻る。
「そうね、急がなきゃ。」
クロエの顔もなんとも言えないほど切迫したものになった。
「クロエ。・・・ほら。」
アトレインがしゃがんでクロエに背中を向ける。
「何?」
「負ぶってく、お前走るの遅いから。」
クロエの顔が少し不満げな色を帯びる。
「でも。」
プライドが邪魔しているのか渋ってしまっている。
「意地張らないでさ、乗りなよ。・・・ね。」
オーリィがクロエを前に押し出すと、アトレインの背中にスポリと収まった。
「じゃあ、行くぞ!道案内頼むな。」
そうしてアトレインは走り出した。
「そうよね、意地張ってる場合じゃないわよ、・・ね。」
彼の背中で自分に言い聞かせるように言うクロエが可笑しくて、エナとオーリィは顔を見合わせて笑った。
+ + +
「何、ここ・・・。」
目の前にあるモノを見上げてオーリィが言葉を漏らす。
クロエに導かれてやってきたのは、巨大な石造りの祭壇だった。
「この上にウィッチ・アキネを封印している場所があるの。」
「さっきも言っていたけれど、国は彼女の力を使って何をやっているの?」
エナは苔むした石段を見上げながら言った。此処はかなり古いように思える。
「この国には昔、今じゃ比べ物にならないほど強力なアンシーリーコートが居たの。でも王族や強い魔術師達が各地に封印したのよ。彼らの死後その封印の力は薄れていったの。だから何百年もの間、強力な妖精の力を使って封印を維持してきたのよ。」
「だから、絶望が動き出す。・・か、じゃあさっきの小妖精もその中の一つか?」
アトレインはクロエを背中から降ろしながら聞く。
「そう、ギーンズは人を木と悲しみに閉じ込める妖精よ。封印された数あるモノの中では彼はまだ可愛い方・・・。」
クロエの言葉の端々に浮かぶ痛切な響きに居た堪れなくなって、アトレインは彼女の頭を軽く撫でる。
「大体の事情はわかった。だから、俺たちもできるだけの事をするから・・・。な?」
「そうよ。」
と、エナも力強く肯定する。
「じゃあ、急いでウィッチを捕まえなきゃね。この上に居るんでしょ?」
オーリィが石段の先を指差して言う。
「えぇ、おそらくは・・・・。でも、私。ここから先にはいけないの。」
そう言ったクロエの表情はこれまでに無く痛々しくて悲しげだった。
「どうして?」
エナは石段を一段上ってみて言った。少なくとも彼女には威圧感は在れどただの石造りの階段だったから。
クロエは、しばらく黙り込んでその後意を決した様に口を開いた。
「この先にはね。私をこの森に縛り付けるための魔法の仕掛けがあるの。だからね・・・だから、私が自分で壊したりしないようにこの先にはいけないようになってるのよ。」
ほら・・・。とクロエも石段を一段だけ登った。
すると、彼女の両手足にはどこからとも無く、どこへ続くとも解らない鎖に繋がれた枷が現れたいた。
三人が、はっと息を飲む。
「馬鹿みたいだわ、何も出来ないくせに居てもたっても居られなくなってここに来てしまったけど、自分の無力さを痛感するだけだった・・・・。本当に・・・馬鹿みたい。」
『そうホント、お馬鹿さんね。クロエ。』
石段の上方からクスクスという笑い声に乗せてそんな声が聞こえた。
四人がはじかれたように上を見上げると、上のほう石段の一メートル程上に浮遊する少女が見えた。
彼女はクロエと同じ様な、漆黒の髪と瞳だった。けれども瞳は強い光というよりは、魅惑的な色を灯しているように思えた。
「ウィッチ・アキネ・・・・。」
そう呟いたクロエの声は震えていた。
『あぁ、可哀想なクロエ。時間を奪われ、その身を繋がれ、名前までもを失った。それでも、あなたは忠実な国の僕。ホントにおばかさんだわ。』
ウィッチ・アキネは明らかに嘲りを含んだ言葉をクロエに浴びせる。その様は歌を綴っていくようで、そのクスクスという笑いは無邪気な子供の笑いのように思えた。
『はぁい、あなたの大切なものを取ってきてあげたわよぉ。』
そう言って、彼女は手にもったものをクロエに向かって軽く投げた。
それは、ガラス瓶に見え、中身は空っぽに見えた。
それは、ゆっくりと弧を描き、クロエの足元に落ちて・・・割れた。
「あ・・・。」
クロエは足元の割れた瓶を見つめた。
その割れた瓶からは無数の光の粒が湧き上がってきていた。
そして、ポツリ、ポツリとクロエの体に入っていく。
最後の一粒が入ってもなおクロエは足元の瓶を見ていた。
『あなたの時間は戻ったわ。体の方もゆっくりとついて来るはずよ?』
未だなお、楽しげにくすくすと笑うウィッチに
クロエはゆっくり言葉を紡ぐ。それには苦々しげな忌引きが篭っていた。
「ありがとうとでも・・・・。」
クロエは顔を上げてまっすぐにウィッチ・アキネを睨む。
その瞳からは涙があふれていた。そしてその口からは言葉が溢れ出した。
「ありがとうとでも!言うと思ったの!」
そう叫んだ彼女に向かってウィッチ・アキネは本当に驚いたように言った。
『あら?そうじゃなくて?
だって、戻りたかったんでしょう?だからその法衣はぶかぶかなんでしょう?』
「それは・・・。」
クロエは言葉に詰まる。そしてウィッチ・アキネはますます面白げに顔をゆがめる。そして、クロエの近くまで寄って手を差し出した。
『クロエ。私と共にいらっしゃい。
あなたが亡くしたものを、全て返してあげるわ。
あなたが欲するものを、全て与えてあげるわ。
ほらこの手を取って。』
クロエはしばらくその手を見つめた。
だがその次に視線を動かした時には彼女の心は決まっていた。
そして、ポケットから短剣を取りだすとアキネの手を切りつけた。
その流れた血をクロエは同じツポケットから取り出した琥珀で出来た瓶に閉じ込めた。
すると、ウィッチ・アキネの姿はパッと宙に散じた。
そしてクロエの瞳は何の迷いも無い強い色だった。
「馬鹿にしないで、アキネ。
私はなんであろうと国を守るものでありたい。多少形は違ったとしてもそれが私の運命だから。」
クロエは聞こえる筈無いであろう、ウィッチ・アキネに言ったつもりだった。
だが、
『あなたってホント、お馬鹿さんだわ。』
「えっ?」
クロエが困惑していると、パリンと琥珀の瓶が割れた。
そして、ウィッチ・アキネがまた空中に現れた。
『そんな即席の封印で私を、黙らせられると思って?
ゴブリンじゃないんだから。馬鹿にしないでくださる?』
そしてまた、クスクスと笑う。
クロエの顔は、絶望で凍り付いていた。
『まぁ、もうあなたにを誘うのはやめるわ。
よろこんで、でも私がいなくなったら次はあなたね。
あとでじっくりとあざ笑ってあげる。』
そして、彼女はやはり楽しげに笑いながらどこかへ飛んでいく。
クロエは身がすくんで動けないようだった。
『じゃあね。』
そしてウィッチ・アキネは見えなくなった。
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あとがき
あっ、クロエどうにかするまで行かなかった。
う〜ん、このかい含み多すぎじゃないですかねぇ?
しかもどうでもいい事も少々・・・・。
これかいてるときに4分の3くらい書いたのにデータすっ飛んじゃって泣いた事があります(汗)
ですから、今後の教訓としてちゃんとこまめに保存しろと!。
そして、毎度お馴染み?関西弁ヴァージョン☆