魔術師


王城を前にしたクロエはそのまま門番の居る正門へは向かわず、外堀の周りを歩き出した。
「クロエ?入らないのか?」
アトレインはとりあえずクロエの横を歩きながら聞く。
「素直に正門から入ると、門番の点検とかいろいろと面倒なの。貴族や卿のための緊急用の門があってね、もしかしたらそっちの門番には私を知ってる人がいれるかもしれないから。正門の門番はどちらかと言うと下っ端で話がなかなか上へ通らないの。」
そういいながら、クロエは遠くに見える黒金の門へと歩いていた。
「あの門は・・・。」
アトレインはあの門に見覚えがあった。あれは何年も前あの人が潜って行った門だったから。
「あれがどうかしたの?」
エナが聞き返した。
「うん・・・。いや、別に。」
あれからあの人は出てこない。何をしているのか、自分達を放っておいて。
アトレインはギュッっと拳を握り締めた。
「アトレインがあの門を見たのは3つの時かしら。」
クロエが言った一言にアトレインは目を見張る。
「な!・・・何で。」
「アトレイン・ストゥナー。でしょ?あなたのフルネーム。」
クロエがアトレインを見上げた。クロエが小柄な所為か、アトレインの背が高い所為か、まだアトレインのほが幾分背が高い。
「そうだけど。だから何でクロエはそれを・・・」
困惑するアトレインの顔をクロエは笑って見ながら言った。
「だって似てるもの、あった時にすぐ分ったわ。
 あなた。私をウィッチに出来るほどの実力がある人なんてマーティン王とエクトリオ位だわ。そこまで言ったら分る?」
エクトリオ・ストゥナー。アトレイン・ストゥナーの実の父親だ。
「つまり、クロエをウィッチにしたのはあの人って訳か。」
「そ。知らなかったの?エクトリオは王佐なのよ。」
王佐、貴族や卿でもないの人が。
「知るわけないだろ。3歳の時からあの人にはあってない、あの人がどんな人かなんて知るわけないさ。母さんにも聞いた事無いしな。・・・なぁ、クロエ王佐ってそんなに忙しいのか?」
10年間家に一度も帰れないほど。
「そうでもないと思うわ。休日も会ったはずだし。」
ぎゅっと更にきつく拳を結ぶと爪が食い込んで痛かった。
「何の話かわかんないんだけど!」
エナが突然2歩後ろから鋭い声を放った。
忘れかけていたが、エナとオーリィが後ろからついてきていたのだ。
意表を疲れたように振り返ったアトレインにエナは鋭い視線を送り、オーリィは少し苦笑いをして、クロエはクスリと笑っていた。
「アトレインの父親の話よ。王佐なの。」
クロエの発言に、オーリィとエナはかなり驚いていた。
「え、でも。アトレインって平民じゃない!」
「そうよ。でもね、アトレインの父親は平民の中から大抜擢されたのよ。
 今では国で二番目の魔術師だわ。一番は国王。」
クロエの話を黙って聞いていたエナにひとつの疑問が生まれた。
「ねぇ・・・。なんでクロエってそんなに城の内部の事に詳しいの?」
さっきの門の事といいそう。っとエナが言った。
「なんてことは無いわ、悪魔をウィッチにするには時間がかかるの。だからその間私は城の中にいたし、アキネの森番としてアンシーリーコートとも戦わなきゃいけない。そのための訓練もかねて一年。城の内部の事を知っていてもおかしくは無いでしょ?」
へぇ、とエナは素直に納得した。
「それにしても、アトレインのお父さんって凄いのね。だから、いつも家に行っても居なかったのね。王佐なんてなかなか休みとか取れないんでしょ?」
「関係ないよ。あの人がどうなってようと、10年間一度も家に帰ってこないんだから。」
アトレインが喉から苦々しい響きをこめて出した言葉にみんなが口を閉ざした。
でも、まったく違う方向から返事が来た。
「忙しさに、託けて帰らなかったのはすまないと思っているが、関係ないとはひどい言い草じゃないのか?」
聞きなれない声に全員がそっちを向くと、そこには正装の男が一人立っていった。アトレインと同じ茶色の髪に蒼色の目の。
「エクトリオ。」
クロエが言った。気がつくともう、門のまえ跳ね橋のところまで来ていてそこにエクトリオ・ストゥナーは居たのだ。
「お待ちしておりました、ウィッチ・クロエ。マーティン様は今まだ生成の最中で清めの間に降り  ます。
 ですが、この事態に気がついていらっしゃるでしょうから。後少ししたらお出でになられると思います。なので、我々も清めの間の前まで行きましょう。」
「わかったわ。」
しかし・・、とエクトリオは3人のほうを見た。
「森に一度にこれだけの魔力を持ったものが入れば、結界のバランスが崩れてもおかしくは無いな。君たちは自分の魔力が強い事をもう少し自覚した方が良いな。」
「あんたの指図は聞かない。」
アトレインはきっぱりとそう言い切った。
「アトレイン。そりゃ、私だって10年も帰らなかったのはすまないと思ってる、さっきもいったろ。
 でも、最近各地の封印や結界が脆くなっててな、その修繕作業で飛び回ってたんだ。
 城へ帰ったのだって今回の事で5年ぶりなんだぞ。今だって、偶然近くに居たから魔術を使って早く帰ったけども、いつもなら帰ってくるのに一週間は斯かる。」
「言い訳なんて聞きたくない。」
アトレインはエクトリオを真っ直ぐに睨んだ。
「やっぱり思ったとおりだ。思ったとおり、俺はあんた、大嫌いだ。偶然近くに居てすぐに城へ帰ってこられたなら、偶然近くに居てうちに帰ってこられたときは無かったのかよ。」
「それは・・・」
「エクトリオ。今は親子喧嘩してる時じゃないの。早く。」
2人の話をクロエが遮った。
やっとそこで、皆が今の状況を思い出した。
「そうですね。行きましょう。」
そう言って、エクトリオは足早に歩き出した。
クロエがそれに続き、アトレインは荒い足取りで、オーリィとエナは遠慮がちに後に続いた。

「エクトリオ。私の処置まで手がまわりそうかしら?」
その『清めの間』までの道中頃絵はエクトリオに聞いた。
「無理でしょうね。半分人間と言えどもあなたの魔力は強力です。国王は魔力を使い果たして出ていらっしゃるでしょうし、私一人ではどうにもなりません。」
クロエの顔が険しくなる。
「それに、王があなたの身の振り方を決めるまでは処置するべきか分りませんから。」
アキネお逃したままではおけない。なのでアキネと深く関わっていたクロエにも何らかの命が下る可能性がある。
「ねぇ、エクトリオ。もし処置しなかったら、どれくらいで元に戻るの?」
恐る恐る聞いたクロエの問いに、エクトリオもしばらく考えてから答えた。
「分りません。全てはあなたの心次第です。
 憎しみと怒りに気をつけてください。今は、それしか言えません。」
「分った。」
クロエも深く頷いた。

ふと、前方に人影が現れた。
「エクトリオ。」
彼は低く響く声で彼を呼ぶ。その顔は疲れきっていて、それでも威厳と風格をもっていた。
「陛下!」
エクトリオが人影に駆け寄る。
彼、国王マーティン・ガンダルシアは手に一つの小瓶を持って彼らの前に現れた。
「アキネの封印が解かれたのだな。」
「はい。」
クロエが答える。
「アキネはもう去った後か。」
「はい。私の所為です。」
クロエの頭が下がる。
「もう、過ぎ去った事は良い。ウィッチ・クロエ、お前はこれからアキネを追いなさい。」
クロエがはっと頭を上げる。
「しかしそれでは。」
それでは、処置が出来ずクロエは悪魔に戻ってしまう。あれは、一箇所にウィッチを止めつける事で成る封印だから。
「決めた事だ。なるべくゲーゲントに入るまでに捕らえたいが、もうゲーゲントに入ってからだと、あの土地に入る力を持つのはお前のみになってしまう。しかし、お前を一度止めつけてしまうともう一度解き放つのに時間がかかる。その間にアンシーリーコートの封印も説けるだろう。時間が無いのだ。だから、最初からお前に行って貰う。全てはお前の心次第だ。」
「もし、捕らえるのに失敗した場合は。」
クロエが聞いた。
「お前は、アキネを捕らえればよい。何処までもアキネを追って必ず捕らえてくればよい。」
マーティン王は憮然とした態度で言い放った。
「馬を用意しよう。4人で行ってきなさい。君たち、馬は乗れるね。」
ここ居た王以外の者は皆、驚いて王を見た。
「陛下。どういうお積りですか!」
「そうです。」
エクトリオとクロエは激しく講義した。
アトレイン達は驚きで硬直している。
「決めた事だ。」
「陛下!」
「エクトリオ。この者達は禁止区域に入り結界を壊す原因となった。よって、罰としてクロエに同行する事を命じる。よいな。」
「しかし、陛下・・・」
「はい。分りました。」
エクトリオの講義を遮って返事をしたのはアトレインだった。
「アトレイン!」
エナとオーリィの声が重なった。
「よろしい。他の2人はどうするかね?」
王はエナとオーリィに問うた。
「・・・・・。アトレインが行くなら私も行きます。」
「僕も。」
2人の力強い返事に王は頷いた。
「よろしい。では、早々に用意させる。その間に3人は家に帰って必要なものを持ってきなさい保護者には後で説明しておくから荷物だけつくってお出で、クロエ短剣では不便だろうから長刀を持っていくといい。」
そう言って、マーティン王とエクトリオは準備に係り、クロエも長刀の支度と始め3人は簡単な荷物をつくりに家へ帰った。

日も落ちた頃、3人は荷物を持ってまた城の前に集まった。クロエは法衣ではなく軍服に似た動きやすそうな服に着替えていた。
馬が4頭用意してあったが、一応3人とも学校で乗馬は学んでいるが貴族のように趣味でたしなむにはいささか未熟だ。
「集まったな。馬は早馬を用意した日も落ちて危険だが、何分時間が無い。今すぐ出発してもらいたい。」
「はい。」
クロエが頷き、そして3人の方を向いた。
「戦い方なんかは、どの都度指示するから。それと、アトレインこれ。」
クロエは、さっきまで使っていた短剣をアトレインに渡した。
「ありがと。でもエナとオーリィはいいのか?」
「大丈夫。2人には他の方法があるから。」
ふーん。アトレインは短剣をポケットにしまう。
「じゃあ、行ってまいります。」
馬に荷物を縛り終わった後、クロエは国王に一礼して馬に跨る。3人もそれに習って馬に乗る。
「気をつけて。」
「はい。」

そして、3人が出発した後。マーティン王は玉座に埋もれるように座り込んだ。
「お疲れ様です。」
エクトリオはその横に控える。
「今まで、国のためと言ってやって来ましたが、私は結局家族に対して何もしてこなかっただけなのかもしれません。『国のため』という言葉を盾に取って逃げていたのでしょうか?」
マーティン王は苦笑する。
「私に聞かないでくれ。私も誰も救えなかった。国のためといっても、妻一人、我が子一人侭ならんかった。」


                       


あとがき
意味不明でイライラなさったんじゃないでしょうか?
はっきりしないなぁ・・・みたいな?
でも全ての含みは後々解決しますのでご勘弁を。
これで一章が終わりました。短い割に長くかかったなぁ。サボりすぎたわ。
途中で短期集中とかやるけんあかんのじょ。